『無痛文明論』の読みにくさについて


 私はこの本は好きではない。読みにくい。あまりの読みにくさに4章で挫折すると、最後まで読め、と言われた。この本は450ページもあるのに。そして、その言葉どおり、最後まで読まなければこの本の内容は理解できない。著者には悪いが、私はこの本を他人に薦めたりしない。この本は、他人に薦められて読む本ではない。興味を持って、読みたくて読みたくて仕方がなくて、どうしようもなくなって、根性を出して読む本である。
でも、森岡正博の、今までの本は総じて読みやすかった。ところが、この本は、私にとって、読みにくく、むしろ読むことを拒まれているような感覚さえ持った。いったい、私は、この本になんの引っかかりを覚えているのだろうか。
 その一つに文体の問題があると思う。これは、この本を書くという行為を構築している構造の問題である。そして、この問題を考察したところで、この本は理解できないだろう。私は、ただ、読みにくさという点について、文体の問題を考えてみたい。

 まず、『無痛文明論』の文体で、最初に引っかかるのは、ちょっと富士見ファンタジア文庫っぽい文体。人それぞれ文体の好みはあるので、別に構わないのだが、「戦士」という言葉に、どうも私は妙な違和感を持つ。「『聖なる場所』がバトルフィールドだ」「「無痛文明よ、私と一緒に死のう」という箇所に至っては、ガンダムっぽい、などと余計なことを考えたりして、シリアスで凄絶な叫びを綴っている箇所に限って、私は「ついていけないカモ」と冷めた気持ちになってしまう。つまり、私は著者の文体にちっともハマレない。しかし、ハマレない理由は、趣味の問題以上にこの本にしかけられているように思う。
 ところで、このハマルという感覚はどのようなものなのだろうか。演劇で、このハマル感覚を論じた最も古い文献は、アリストテレスの『詩学』だろう。彼は、このハマル感覚を「カタルシス」と呼んだ。演劇では、観客は、登場人物に自分を「同化」させる。そして、この登場人物が、起承転結という物語の進行上で、転の部分で、それまでの自分を変えざるおえない局面を迎え、生き方を大きく転回させる。有名な例は、オイディプス王であろう。彼は、転の場面で、自分の犯した罪を知り、自分の目を潰すことで、自分を変容させる。この瞬間、登場人物に自分を「同化」させていた観客は、登場人物の変容を、自分の中でも味わう(と感じる)。その、転の場面を共有した(と感じる)時に得られる情動が「カタルシス」である。そして、観客をいかにうまく登場人物に「同化」させるのかが、演劇の模索する道だと長い間考えられていた。(そして、今もそう考える人はたくさんいる。)
 ところが、ブレヒトというドイツ人は逆に「異化」こそが演劇に必要だと主張した。彼は、ヒトラーが、多くの人をヒトラー自身に、「同化」させるように仕向けたことを強調する。人は「同化」するときには、我を忘れている。それは自己忘却という危険な快楽をも含んでいる。ブレヒトは、演劇は「同化」を避けるために「異化」の装置が必要だと言う。例えば、悲劇の少女が涙を誘うシーンでは、その後ろで道化が少女の真似をして笑いを誘う、という風に。悲劇を喜劇に、喜劇を悲劇に常に転倒させていく「異化」は、一方で、消費する快楽「カタルシス」を奪う。その結果、「異化」は演劇をおもしろくするとは限らない。
 同じように、『無痛文明論』にも「異化」装置が仕掛けられているのではないだろうか。その顕著な例が、読者への語りかけである。例えば、「無痛化の進んだ存在が、読者よ、あなたなのかもしれないのだ」というように、直接、森岡は私へ話し掛けてくる。それは、「彼の書物」として、「彼の哲学」として、「彼の生き方」として『無痛文明論』の森岡に「同化」しようとする私を、「私へのメッセージ」という本の内部に巻き込むことによって、「異化」する装置になっている。つまり、彼の観察者であった私は、その瞬間に彼の関係項に巻き込まれる。そして、私は、本の外部から、登場人物である彼に「同化」するのではなく、登場人物として同じ土俵にあげられてしまうのだ。そして、私の「同化」して「カタルシス」を得ようとする欲求を阻止させる。
 こんな本が読みやすいわけがない。たとえ、私は登場人物として参加しても、私に台詞は与えられていない。私は、一方的に語られることを強要される。なぜならば、「読者―作者」という関係性を剥奪され、同じ登場人物の舞台に引きずり出されても、森岡から私への「語る―聞く」という関係性は消しようがないからだ。そして、常に、「語る」行為は能動的・主体的であり、「聞く」行為は受動的・従属的である。つまり、『無痛文明論』を読むということは、森岡と私の「支配―被支配」の関係に巻き込まれることを意味するのである。そして、森岡は『無痛文明論』で、「支配―被支配」の関係は除去するべきだと、語る。ここで、私は大きな不満を抱く。私は、「支配―被支配」の関係におかれながら、「支配―被支配」を否定する語りを聞かなければならない。これは二重の苦痛である。
 この構造は、ハイナー・ミュラーの『ハムレットマシーン』という戯曲を上演する困難と似ている。ミュラーは、作品のあらゆる解釈を「拒むと同時に受け入れる」ことを目指して作品を書いた。それは、正しい解釈を拒むという意味を持つ。あらゆる解釈は正しいが、間違っている。なぜならば、『ハムレットマシーン』に意味はないし、意味はない、という意味もないからだ。『ハムレットマシーン』はそれ以上でもそれ以下でもない。その結果、この戯曲を解釈する必要性がなくなり、無駄になってしまう。ところが、この戯曲を上演しようとすることは、この作品を再構成することによって解釈することになる。ミュラーの戯曲は、ミュラーの試みを否定する形でしか上演できないのだ。(ミュラー自身はロバート・ウィルソンの演出による上演を認めた。しかし、本来的な『ハムレットマシーン』の目的は上演の不可能性にあるはずだ)
 同じように、『無痛文明論』は森岡の試みを否定する形でしか読むことはできない。本当に森岡の主張を真摯に受け止め、無痛文明との戦いを開始するのなら、『無痛文明論』を読んではいけない。彼の言葉に惑わされ、自分で考えることを止め、彼の言葉を信じようとする、その姿こそが無痛文明の住人の姿である。(森岡自身にもその自覚はあり、最終的に『無痛文明論』自身が無痛文明を仕掛ける装置になったことを告発して、この主張を終えている。)無痛化されずに、この本を読むことは不可能なのだ。そして、この本に賛同するならば、この本を否定するしかないのだ。否定するために、読む。このプレッシャーは随所に「異化」装置として(森岡の言葉を使うならば「反無痛化装置」として)仕掛けられている。その結果、私は無痛化されながら、無痛と戦うという、『無痛文明論』が推奨する戦い方を、『無痛文明論』を読むことで実践することになるのである。無痛の反対は苦痛だ。だから、この本を読むことは苦痛だ。苦痛をともなう本…そんな本は読みにくいに決まっている。
 しかし、この構造を把握したとしても、正直、私が、この本を読みながら感じたのは倦怠感だ。答えは見えていた。この本に熱中することは、無痛化だという答えは、3行読んだ時点で気づいていた。それでも、無痛化されることでしか、無痛について知りえない。(そして、この最大原則は森岡ファンにはよく知ったものである)この、森岡の無痛化を無痛化のまま放置しないような文体を模索する試みは、私にとって、駅のホームで「白線の内側にお下がりください」というアナウンスのように感じられた。私もアナウンスがないと、線路の中に落っこちそうなので、アナウンスされてもしょうがない、と思う一方で、「静かに読ませてくれ」とも思う。あくまで、私は好きじゃない。線路に落ちた後で、電車にひかれないように、大急ぎであがってくる楽しみ(苦痛)は、読み手に残しておいてほしいと思う。

(以下、独り言と自己内省)
 しかし、支配下におかれる苦痛を、読者に強いるという選択を、森岡を選んだ。この点について、『無痛文明論』について論じようとする私は、考察しなければならない。書くこととは、支配することである。つまり、私は書くことによって、「支配―被支配」の関係を自ら構築することになる。しかし、書かなければ、「支配―被支配」について論じることすらできない。これは、フェミニズムが、「すべての言葉は男性のために作られた」ということを言葉で表すのと同じ困難を抱えている。言葉を使うこととは、人を抑圧し、制圧することである。それを知った上で、なお、言葉を選択する、その行為について、私は何を言うべきなのか。そして、私は言うときに、どの言葉を使うべきなのか。答えは出ない。ただ、私は言葉を使うことをやめることはできないし、書くことをやめることもできない。森岡は、最終的に断筆するしかない、という言葉を使った上で、なお、書くことを選択した。私は、どうするのか。多分、文体の問題で、私が考察すべき問題はこっちだ。


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